13日、葬儀場に運ばれた母親の遺体に死に化粧をしたりしていた。母親は死に装束を着ていなかったので母親が良く着ていた着物を上から掛けた。マニキュアを塗ろうとしたが、どうしても出来なかった。姪っ子に「塗ってくれる?」と言ったら「良いの?」と驚いていたがちゃんとしてくれた。
14日通夜。
私の友人もお焼香に来てくれた。団地の人達もお焼香、お手伝いに来てくれた。精進揚げの席で私は兄に「団地の人達にお世話になったんだから、お礼を言ってよ」と4.5回言ったが、「うん、うん」と言うだけで何も挨拶してくれなかった。
15日葬儀。
団地の人も又お焼香に来てくれた。挨拶は兄ではなく叔父がした。
荼毘にふされてお骨になって、しばらくは兄の家にお線香をあげに行っていたが、兄はお墓を建てる話は何もしなかった。お骨はお寺に10年以上預けられていた。もちろん無料ではない、「心づけ」と言う値段がついていたが、兄が支払っていた。お寺にお骨を預かってもらっているといちいち奥からお骨を仏前に持って来てくれる。そしてお参りが終わるとお茶を出される。その時に話をしなければならない。こちらは預かってもらっている身なので、「墓を建てろ」と催促されないかと毎回ヒヤヒヤしていた。なので気楽にお参りに行かれなかった。
お墓参りには実姉と二人で行っていた。近所に祖母のお墓がありそこで供える花を私が購入し、母親のお寺にお礼として渡すお菓子の詰め合わせは実姉が購入した。こっちは生活保護で生活が苦しいのに、こういう事は平等だった。
兄は数年前に台東区田原町に申し込むと自動で墓石が出て来るお墓をやっと購入した。
それからは私は母親の命日に毎年お参りに行っていた。私が一昨年「愛着障害による双極性障害」と診断されてからお参りに行くのを止めた。
つづく。
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